奇跡体験!アンビリバボー

塚本宇兵(指紋の神様)の現在やwikiプロフ!三億円事件の犯人やその後[アンビリバボー]

指紋の神様と呼ばれた

塚本宇兵(つかもと うへい)さんが

奇跡体験!アンビリバボーで特集されます。

 

塚本宇兵(つかもと うへい)さんの

現在やこれまでの経歴なども

気になりますし、

3億円事件を機に指紋捜査の神様と

呼ばれるようになり、

いくつもの事件を解決していくことに

なります。

 

今回はそんな

塚本宇兵(つかもと うへい)さんの

これまでの経歴やwikiプロフィール

府中や有楽町の3億円事件の概要や

犯人そして事件のその後について

また塚本宇兵さんのその後や現在は?

について調べて見たいと思います。

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塚本宇兵さんのwiki風プロフィールや経歴

名前塚本宇兵(つかもと うへい)
生年月日1936年
出身地茨城県
職業元警察官
所属元警視庁

塚本宇兵さんは、高校卒業後の

1955年(昭和30年)に警視庁巡査として、

勤務を始めます。

 

その後所轄の刑事を経て、

1967年(昭和42年)塚本さんが31歳の時

警視庁の鑑識課に異動になります。

 

元々刑事に憧れて、

なんとか慣れた刑事の仕事の慣れてきた

矢先の人事異動だったそうです。

 

当時、(もしかしたら今もww)

刑事さんと鑑識でしたら

完全な上下関係だったそうです。

 

塚本宇兵さんはそんな中でも腐らずに

仕事に励みますが、

なにせ、そもそも刑事という、

外勤ばかりだったのが、

いきなり内勤になり、しかも、

見慣れない指紋を見続ける毎日。

 

当初は、全然右も左も分からない状態

だったそうです。

 

キツいですね。

嫌がらせレベルですねww

 

さてそんな塚本宇兵さんですが、

ある事件で、指紋捜査の開眼します。

 

その事件とは、全裸変死事件が発生し、

当初捜査一課の刑事たちは

自殺と断定したそうですが、

もち帰った指紋を照合したところ、

本来そこにいないはずの人物の指紋を

塚本宇兵さんが発見し、

自殺が改められ、事件として捜査され、

犯人が逮捕されたそうです。

 

すごい話ですね。

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塚本宇兵さんと府中(第1)三億円事件概要とその後

では、まず事件の概要を。

1968年12月10日東京都府中市の路上で、

現金を輸送していた車両に

白バイ隊員に扮した犯人が近づき、

「爆弾が仕掛けられた」として、

車両から人が降りたのをみはかり、

現金を乗せた車両ごと逃走した事件です。

 

日本犯罪史における、おそらく一番有名な

事件であると思われます。

 

さて、そんな事件ですが、

犯人は白バイ他遺留品がたくさん

残してあったそうで、

当初は、

捜査も早期に終わると思われていました。

 

ところが、

なんと今ではありえないことですが、

当時の警察関係者はあろうことが

事件現場に鑑識が来る前に、

現場に入って現場を荒らしてしまって

いたそうです。

 

ヤバいですね。www

 

さて、

当初は楽観視されたこともあり、

鑑識に三億円事件の捜査は回って

来なかったそうです。

 

本気でヤバいですね。

今から考えると嘘みたいですよね。

 

そんな中で、

なかなか捜査に進展がないことから

時効3年前の時点で初めて

鑑識に捜査の依頼が来たそうです。

 

鑑識で指紋捜査をしていた

塚本宇兵さんもなんとか犯人を特定しようと

懸命に調べますが、

なんと当時、指紋捜査をしていた

担当者はたった3人!!!

 

先ほどもありましたように

かなりの遺留品があったそうですが、

どれも大量生産されたものであったっため

照合する指紋が多すぎたため、

難航したそうです。

 

塚本宇兵さんたちはなんとか、

犯人と思しき指紋を割り出しますが、

今度はその指紋と照合する人間を

割り出すことができなかったそうです。

 

今みたいに

パソコンなんてないですからね。

全部手作業なのに、たった3人!!

 

無理でしょ!www

 

結果、

1975年12月に事件は時効が成立して、

未解決事件となりました。

 

事件そのものは、

誰一人傷つけることなく成し遂げた

完全犯罪と言えるものでしたが、

捜査での過労で2名の警官が、

また

犯人として誤認逮捕のため、

その後過剰な報道や偏見のため

一般人が1名自殺するなど

間接的に殺人が起こっています。

 

またこの事件を契機に、

給与やボーナスの現金支給を

通帳振込にする企業が増えました。

 

また、塚本宇兵さんたち鑑識周辺も、

警察関係者が鑑識に関しての認識が不足

していたことを反省して、その後

強化していったそうです。

 

ただこの三億円事件は、

塚本宇兵さんに強い無念が残っていたそうです

 

まぁ、どちらかと言うと、

この事件は犯人と言うより、

警察の初動捜査の失敗が招いたもの

だったんでしょうね。

 

だからこそ、なおさら

塚本宇兵さんはこのあと起こる第2の三億円事件

で雪辱を果たすべく奮闘するわけですね。

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塚本宇兵さんと有楽町(第2)三億円事件概要や犯人とその後

では、そんな塚本宇兵さんが

雪辱を果たそうとする第2の三億円事件

について説明します。

 

事件は、1986年(昭和61年)、

東京の有楽町。

三菱銀行(現三菱UFJ銀行)有楽町支店で、

現金輸送車が男3人組に襲われ、

現金約三億円が奪われた事件です。

 

犯人グループは、

現金を強奪したあと、

用意していた別の車に乗って

さらに逃走し、

その後成田から高飛びに成功

していました。

 

現金輸送車、三億円など共通点が

あったことで、

マスコミは「第2の三億円事件」

もしくは、「有楽町三億円事件」として

大きく報道されたそうです。

 

さて、捜査の方は?

と言いますと、

前の捜査の時には、鑑識課がないがしろに

されていましたが、

流石に、前の三億円事件から

警察関係者も変わって、ww

特別捜査本部が立ち上がった際

鑑識課のリーダーに指名されます。

 

さて事件ですが、

その後逃走に使った車両などが発見され、

また現金でおよそ1500万円分の

千円札紙幣が成田で発見され、

その中から、6人の指紋を発見し、

さらに犯人が泊まっていたホテルを

発見し、『外国人』が犯行グループ

であることを特定されちゃいますww

 

流石の執念ですね。ww

 

その後、事件から1年かけ

膨大な各国の指紋の資料の中から、

フランスの強盗団の指紋が

千円札から出て来た指紋と一致。

犯人を特定されます。

 

そして国際指名手配された犯人グループ

ですが、1988年(昭和63年)に、ICPOの

強力で全ての犯人を捕まえることが

できたそうです。

 

やっと三億円事件の借りを返すことが

出来たそうです。

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