衝撃のアノ人に会ってみた

竹内功が宝島へ妻(嫁)竹内寿恵と移住した理由や新ビジネスとは?![衝撃のアノ人]

『衝撃のアノ人に会ってみた!』に

竹内功(たけうち いさお)さんが

登場されます。

 

竹内功さんご夫妻は、9年前の2010年に

鹿児島県にある離島『宝島』へ移住されます。

 

『宝島』っていうと、なんか海賊みたいな

イメージですがww

 

ちなみに、自分は鹿児島県に在住して

いるんですが、島の名前くらいは聞いた

ことはありますが、全く行ったことは

ありません。

 

実際、『宝島』には住民が100人程度の

小さい離島ということで、かなり交通の

利便性はないですね。

 

そんな『宝島』へ竹内功さんご夫妻は、

どうして移住を決意されたのか?

 

また、竹内功さんご夫妻は『宝島』で

新たなビジネスを生み出しているそうです

どんなビジネスなのか、興味が湧きます。

 

今回は、宝島に移住され新たなビジネスを

されている竹内功さんのこれまでの経歴

宝島へ移住を決意した理由、そして

奥さん(妻・嫁)の竹内寿恵さんやお子さん

についても調べてみたいと思います。

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竹内功さんのこれまでの経歴やプロフィール

こちらは竹内功さんの奥さんの

竹内寿恵(たけうち ひさえ)さんです。

 

どうやら竹内功さんご自身は、

あまり前に出たがらないタイプみたいで

残念ながら動画は見つけることは

出来ませんでした。ww

 

う〜ん、どんなビジネスをしている方

なのか?

ますます謎が深まりますがww

 

そんな竹内功さんのプロフィールが

こちらになります。

名前竹内功(たけうち いさお)
生年月日6月17日
(2019年7月現在:47or48歳?)
出身地埼玉県三芳町
職業島らっきょう農家
経営者
所属一般社団法人宝島

竹内功さんは、

埼玉県の三芳町で生まれ育ちます。

 

竹内功さんは、子供の頃から興味ある事

に夢中になりやすい少年だったそうです。

 

そんな竹内功さんは、中高一貫の進学校へ

進学されたそうです。

とはいえ、勉強が好きだった訳では無かった

そうで、高校の時にはアルバイトに励み、

溜まったお金で遊びまくっていたそうです。

ww

 

まぁ、遊びますよね。ww

よくわかります。

 

そんな竹内功さんですが、

進学校ということもあり、周りが大学へ

進む中、高校卒業後は、就職をされます。

 

竹内功さんは、勉強よりお金を稼ぎたい

と考えて、就職されたそうです。ww

 

そんな竹内功さんが就職されたのが、

貿易の代理店だったそうで、仕事内容は

特には辛く無かったそうで、

趣味だったスノボに励んでいたそうです。

 

むしろスノボにハマりすぎ、ww

なんと就職した会社をやめ、

働きながらスノボに励んで行った

そうですが、やりながらも

プロになる実力が無いと思い知らされて

いたそうです。

 

まぁ、なかなかプロになるって、

厳しいですよね。

 

そんな竹内功さんは、夏場は都内のバーで

働いていたそうですが、

そんな最中に現在の奥さんになる寿恵さん

と出会い、しっかり働こうと知人の紹介で

建設会社へ就職されます。

 

なんとか入った建設会社でしたが、

やってみると以外にも楽しかったそうで、

どんどん仕事に励んで行ったそうです。

 

真面目になったというところですが・・・

ww

 

そんな生活が10年ほど続いたそうですが、

竹内功さんはだんだんと、ご自身で独立

したいと考えるようになったそうです。

 

とはいえ、なかなか踏ん切りが

付かなかったそうですが・・・

 

う〜ん、まぁ色々と悩むお年頃ですよね

ww

 

そんな竹内功さんが何故に、

鹿児島県の離島の宝島へ移住することに

なったのか?

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竹内功さんが宝島へ移住を決意した理由は?

出典:NPO法人トカラ・インターフェイス

さて、ご自身で独立して何か事業を、

と考えるもなかなか踏ん切りが付かず、

モヤモヤしていた竹内功さんですが、

どんなキッカケで宝島へ移住

したのでしょうか?

 

実は、そのキッカケというのが、

すでにご結婚され奥さんになられた

寿恵さんだったそうです。

 

寿恵さんが鹿児島県のトカラ列島宝島の

島おこしプロジェクトの求人をサイトから

発見され、竹内功さんに紹介したそうです。

 

正直、島の場所もよくわからず、仕事内容

についても全く解らなかったそうですが、

『宝島』という名前や全く解らないと

言う事自体が竹内功さんの興味を

そそったそうです。ww

 

子供の頃から竹内功さんは興味を持った事

に夢中になるところがあったそうですから、

ドンドン惹かれていったそうです。

 

また、奥さんの寿恵さんも元々海外志向が

あり、また南の島で暮らしたいという想い

もあったそうです。

 

そしてそんな竹内功さんご夫妻は、

宝島について色々と調べていき、

『宝島』という名前を使えば、

何かしらビジネスができるんじゃ無いか

と考え、下見に向かったそうです。

 

そして、竹内功さんが想像していた通りの

南の島だったそうで、下見の段階で

ここに住もうと決意されたそうですww

 

そして、竹内功さんご夫妻は宝島へ移住

されますが、当然最初から上手くは

なかなか行かな買ったそうです。

 

当初は、古民家カフェや観光のビジネスを

しようとされますが、

島民が100人しか居ない場所での飲食業は

元々無理だったそうです。

 

また利便性も悪いため、なかなか観光客

も寄り付かないので、そちらも断念した

そうです。

 

というわけで、竹内功さんは島の産業

であるらっきょう農家として島の生活を

スタートさせます。

 

また、それだけでは生活を支えられない

ので、トビウオ漁にも出ているそうです

 

そんな竹内功さんが新ビジネスを

立ち上げられているそうですが、

どんなビジネスなのか、

興味が湧きますね。

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竹内功さんの新たなビジネスとは?

出典:https://courrier.jp/news/archives/103090/

さて、宝島の特産であるらっきょうの

農家として生計を立てている竹内功さん

ですが、やはり心の奥では何かしら、

面白い事が出来ないか?

と考えていたそうです。

 

そんな最中に、バナナの繊維を使った

かつて宝島で作っていたという『芭蕉布』

の存在に目がいったそうです。

 

竹内功さんは特産品で出せば?

と考えますが、実は沖縄ですでにやっている

そうで、しかも人間国宝の方もいるくらい

沖縄の特産品として確立されていたそうです

 

とはいえ、この芭蕉布に何かしらの

可能性を感じた竹内功さんは、

もっとリーズナブルで新しいものが

出来ればと考え、同じく移住者の

本名一竹さんらと一緒に2015年に

『一般社団法人宝島』を立ち上げ、

新しい芭蕉布を作ろうとされます。

 

実は、宝島では近年島バナナの出荷が増え

バナナの実をを取った後の茎が大量に廃棄

されていたそうです。

 

そこに着目した竹内功さんは、

廃棄される予定だったバナナの茎を原料

に繊維を抽出することにします。

 

また、そんなバナナの茎から作った

バナナファイバーから布を製作し、

現代的なデザインを施し、

一般に流通する衣服や帽子などを製作

するアパレル産業として取り組んでいる

そうです。

 

凄いですね。

昔ながらの技法を取り入れつつ、

現代の新しいアイディアや技術デザインに

応用することで、新しい産業を作っているん

ですね。

 

また、竹内功さんたちは、

子育て施設も開園され、人口減少に喘ぐ

宝島の移住者への新しい受け皿作りに

余念が無いそうです。

 

また、学生ボランティアの受け入れにも

積極的にされているそうです。

 

これについては鹿児島に在住している

自分だからよくわかるのですが、

基本、鹿児島の人って、

周りから入ってきた人に対して冷たい印象

を持たれる事が多いんです。

 

まぁ、閉鎖的な環境ですからww

逆に一度中に入ってしまえば、

めっちゃ仲良くなる事が出来ますがww

 

ですので、こういった取り組みも、

いろんな過疎地で行われていますが、

なかなか実績が上がらないのは、

一部の市役所や役場の人だけが頑張って

いるからで、地元の人は意外と無関心

なんですよね。

 

それに対して、竹内功さんら、

移住者の方が、他の地域からの方の世話

をすることは、一番の障害が減ります。

 

色々と取り組まれていて、本当に

頭が下がります。

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竹内功さんのご家族・

妻(嫁)竹内寿恵さんや子供は?

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