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新紙幣の発行時期はいつ頃?令和5年?渋沢栄一,津田梅子,北里柴三郎はどんな人?

元号が『平成』が終わり、『令和』になる直前

のこのタイミングで、次期新紙幣の肖像画が

変わることが判明したそうです。

 

新紙幣の肖像画は、

1万円札は福沢諭吉から渋沢栄一、

5000円札は樋口一葉から津田梅子、

1000円札には野口英世から北里柴三郎に

変更するそうです。

 

元号も平成から令和に変わるから、

新紙幣も一気に変えるということでしょうか?

 

気になるのは、新紙幣がいつ頃から発行され

流通するようになるのか?

ということですね。

 

また今度の新紙幣になる

渋沢栄一さん、津田梅子さん、そして

北里柴三郎さんはどんな人だったのか?

についても調べてみたいと思います。

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『令和』新紙幣の発行時期はいつ?

さて、一番気になるのは、令和版の新紙幣が

いつから発行され、流通の時期は?

ということですね。

 

ちなみに、現在流通している紙幣は、

2004年から流通しており、

1万円札は1984年に聖徳太子から変わった

福沢諭吉がそのまま肖像画に使われました。

 

そして5000円札にはそれまで使われていた

新渡戸稲造から戦後初女性で樋口一葉が

使われることになります。

 

そして1000円札にはそれまでの小説家の

夏目漱石から医学者の野口英世に

変わりましたね。

 

さて気になるのは、前回紙幣が変わった際、

発表からどのくらいで変わったのか?

というところですが、財務省のサイトを見ると

2003年に公式に発表され、2004年から

流通しましたが・・・。

 

今回の『令和』版の新紙幣はなんと2024年

から流通する予定だそうです。

 

何にそんなに時間がかかるのでしょうねww

とは言え、令和版の新紙幣のデザインが

どんなものになるのか楽しみですねww

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『令和』新紙幣1万円札の肖像、渋沢栄一さんとは?

出典:wikipedia

さて、令和版の新紙幣の最高額1万円札の

肖像画になる渋沢栄一さんとはどんな方なのか

興味が湧きますねww

名前渋沢栄一(しぶさわえいいち)
生年月日1840年3月16日
没年月日1931年11月11日
出身地武蔵国榛沢郡血洗島村
(現埼玉県深谷市血洗島)
職業武士
官僚
実業家

 

 

渋沢栄一さんは、幕末から明治にかけ活躍

されていた方で、もともとは農家として

生まれ育ったそうですが、実家が商売も

されており勉強もかなりされていた方だそうで

幕末には最後の将軍として有名な徳川慶喜の

側近として活躍され、海外に留学もされていた

そうです。

 

明治維新後は、海外で学んだ株式会社の

システムを日本に導入させ、

第一国立銀行(現在のみずほ銀行)の頭取や、

東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、

帝国ホテル、田園都市(現在の東急)などを

次々と設立させ、『日本資本主義の父』

と言われている人だそうです。

 

最近でもないですがww

朝ドラの『あさが来た』では、

三宅裕司さんが渋沢栄一役で出演して

いましたね。

 

まぁ、なかなかドラマや映画にはなりづらい

でしょうが、結構スゴい方ですよね。

 

さすが、日本の最高金額の紙幣になるだけの

人ではありますよね。

『令和』新紙幣5000円札の肖像、津田梅子さんとは?

さて、令和版の新紙幣の5000円札の肖像画に

なる津田梅子さんとはどんな方なのか?

 

津田梅子さんも渋沢栄一さんとほぼ同じ

明治初期に活躍された方ですね。

名前津田梅子(つだ うめこ)
生年月日1864年12月31日
没年月日1929年8月16日
出身地江戸牛込南御徒町
(現在の東京都新宿区南町)
職業教育者

幕末の時期に幕臣の娘として生まれ育った

津田梅子さんですが、幕府が崩壊したことで

過程は困窮することになります。

 

そんな津田家は北海道開拓使の嘱託となり、

開拓使次官だった後の総理大臣黒田清隆の

勧めで女子留学生に応募することになり

満6歳で日本初の女子留学生としてアメリカ

に渡ったそうです。

 

アメリカでは、英語はもとより、フランス語や

ラテン語などの語学や自然科学や心理学など

様々な学問を吸収してきたそうです。

 

そんな津田梅子さんですが、その後日本へ

帰国するものの、当時の日本の閉鎖的慣習の

ためなかなか活躍の場を見つけることが出来ず

その後再渡米されます。

 

再度アメリカに渡った津田梅子さんは、

女性の教育に関心を持つようになり、

その後日本へ帰国されると女子教育を勧め

さらにご自身で女子英学塾(後の津田塾大学)

を開講され、当時『家』中心だった女子教育

を先進的な女子教育を行うようになったそうで

「女子教育の先駆者」と評価されています。

 

こちらもスゴい方だったんですね。

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『令和』新紙幣1000円札の肖像、北里柴三郎さんとは?

さて、令和版の新紙幣の1000円札の肖像画に

なる北里柴三郎さんとはどんなスゴい方だった

のでしょうか?

 

北里柴三郎さんは明治期に活躍された

医学者、細菌学者さんだそうです。

名前北里柴三郎
(きたざと しばさぶろう)
生年月日1831年1月29日
没年月日1931年6月13日
出身地肥後国阿蘇郡小国郷北里村
(現・熊本県阿蘇郡小国町)
職業医学者
細菌学者
貴族院議員
男爵

北里柴三郎さんは江戸末期に庄屋の息子として

生まれ育った方だそうで、厳しく育てられた

北里柴三郎さんは時代の流れの中、医師を

志すようになり、

東京医学校(現:東京大学医学部)で学ぶうちに

予防医学が重要だと感じ研究をされていきます

 

東京医学校卒業後の1885年には当時医学の

先進国ドイツに留学され、破傷風の治療法を

開発するなどされ、

第1回のノーベル生理学医学賞の候補に

名前も上がっていたそうです。

 

その後日本へ帰国後政府の依頼で渡った

香港で人類の歴史上もっとも致死率が高い

伝染病だったペストの病原菌を発見するなど

感染症医学に貢献された方で、

「日本の細菌学の父」と呼ばれていたそうです

 

ちなみに、現在の1000円札の肖像画に

使われている野口英世さんも実は北里柴三郎

さんが所長を勤めていた伝染病研究所に

所属されていたそうで、当時の上司部下に

当たるみたいです。

 

また私費を投じて北里研究所を設立されたり、

慶應義塾大学医学部の創設をされるなど

医師の教育や研究に尽力されていたそうです。

 

こちらもスゴい方なんですね。

まとめ

いかがだったでしょうか?

 

今回は平成から令和に変わる直前に入ってきた

新紙幣の肖像画が変わるというニュースに

ついて発行する時期や?新紙幣の肖像画に

選ばれた渋沢栄一さん、津田梅子さん、そして

北里柴三郎さんとはどんな人なのか?について

調べてみました。

 

2024年、新元号で換算すると令和5年

になりますね。

どんなデザインなのか今から楽しみですね

 

それでは、最後までご覧いただき

ありがとうございました。

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