世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~

佐藤勲の経歴とプロフ!創造花火でベルリンの壁崩壊へ 【世界ナゼそこに?日本人】

佐藤勲(さとう いさお)さんが、

世界ナゼそこに?日本人で特集されます。

 

今回は、佐藤勲さんの経歴とプロフィール

花火の歴史、特に佐藤勲さんが開発した

創造花火とは?

また、ベルリンの壁崩壊へと導いた

エピソード

などについて調べてみたいと思います。

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佐藤勲さんの経歴とプロフィール

名前佐藤勲(さとう いさお)
生年月日1910年
没年月日1996年
出身地秋田県大曲市(現、大仙市)
職業花火師

佐藤勲さんは、明治43年、

秋田県大曲に生まれます。

 

この年1910年、この大曲で、

奥羽六県煙火共進会として、花火大会が

始まります。

 

そんな花火の街大曲で育った

佐藤さんですが、

若い頃の夢は、映画監督になること

だったそうです。

 

まぁ、全員が全員、

花火に興味を持つわけでは

無いですからね。ww

 

戦時中には、従軍もされていたそうです。

 

さてそんな佐藤勲さんが、

花火に関わるようになるのは、

昭和32年、佐藤さんが47歳の時です。

 

結構遅いんですね。

 

しかも当時、佐藤勲さんは、

金物屋さんを営んでいらっしゃった

そうです。

 

なぜに、そんな方が、花火に関わるのか

不思議ですね。

 

それは、大曲の花火の歴史と

深く関わっています。

https://flowsion.online/otokoha-tsuraiyo-1517

地元大曲の花火の歴史と、佐藤勲さんが開発した創造花火とは?

さて、上記にありました通り、

大曲の花火の歴史ですが、

1600年関ヶ原の戦いに敗れた

佐竹義宣が、秋田に国替えを命じられ、

秋田に向かう途中で立ち寄った

大曲の隣町の美郷町で、一行の中にいた

火術家が、この町の娘と恋に落ち、

部落に身を隠し、のちに、

その火術を元に花火製造に繋がった

と言われています。

 

そして、

江戸から明治になり、

上記にも少し触れましたが、

奥羽六県煙火共進会が開催され、

当時としては、画期的なイベント

だったそうで、

その後、大会の名前を変えたり、

戦争での中断もありつつ、

継続して行われてきました。

 

ところが、

昭和30年代に入ると、

一気に集客ができなくなります。

 

理由は、テレビなどの娯楽が

世の中を席巻しており、

昔ながらの花火が飽きられたことでした。

 

そこで大曲市は主催権を大曲商工会に

委ね、その商工会実行副委員長

兼企画員として関わっていったのが

佐藤勲さんです。

 

当初は、寄付金集めなどの事務的な事

だったそうですが、

予算がなくても出来る事を、と考え

花火師への親切運動を開始されます。

 

当時、花火師は花火の添え物的な扱い

だったそうですが、

佐藤さんは、

花火の玉を
買っているんじゃない。

花火職人の才能を
買っているのです。

と言い、

花火師さんとの信頼関係を

築いていったそうです。

 

そして、そんな中でも

他の地域でも

大規模な花火大会が催されるようになり、

いよいよ大会の運営が厳しくなった

昭和37年、佐藤さんは大会実行委員長

に選ばれます。

 

佐藤さんは、

落ち込んだ観客を取り戻す

あっと驚く策はないものかと考えこみ、

とんでもない事を思いつきます。

 

花火は丸くなくてもいいんじゃないか

 

これまでの常識を完全に覆す発想です。

中身は、

  1. 花火は丸くなくても良い。三角でも四角でも形には拘らない
  2. 複雑な配色は避けて、単色化せよ。
  3. 花火の筒の大小の合わせにより、リズム感と立体感を狙え。

というもの。

 

いわゆる玄人受けではなく、

一般の人が十分に楽しめるイベント

にしてこそ多くの観客を呼べると

佐藤さんは考えついたそうです。

 

そんな突飛なアイディアですが、

猛反発を喰らいます。

 

まぁ最初は叩かれますよね。

 

当時は、いかに丸くするかが重要な時代、

なかなか佐藤さんのアイディアには

見向きもされませんでした。

 

しかし、そんなことでは佐藤さんは

めげません。

 

佐藤さんは大曲市内はもちろん、

全国の花火職人に声をかけ、

相談と説得を続け、なんとか賛同を

得ることができます。

これは、これまでの佐藤さんと

花火師さんとの信頼が

あったればこそですね。

 

そして昭和38年の大会で、

『創造花火』と命名された

これまでの常識をぶち破る新しい花火が、

大曲の空を彩ったそうです。

 

またその年から通産大臣賞を授与され、

全国的に『創造花火』の名前が知れ渡る

こととなったそうです。

 

その後も、音楽に合わせた花火など、

これまでの概念を打ち破る提案をどんどん

打ち出して行きます。

 

実は、大会委員長就任当時、

5万人まで落ち込んだ観客を

20万人までにしたい

とおっしゃっていたそうですが、

斬新なアイディアなどで、

年々観客数も増え、

目標だった20万人を軽く突破するまでに

なったそうです。

 

いかに丸く作るかが大事だった当時、

形に拘らないことで、

当初叩かれても、信念を貫き通したから

こそ、今の大曲の花火大会に

繋がっているんでしょうね。

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佐藤勲さんがベルリンの壁崩壊へと導いたエピソードとは?

さて、そんな佐藤勲さんの創造花火は、

海外にまで進出することになります。

 

きっかけは、日本とドイツの市長同士

の会話からだったそうです。

 

1978年西ドイツのボン市を農業視察の

目的で視察した当時の最上源之助市長が、

ボン市長を表敬訪問した際、

大曲は日本一花火大会が
有名なところです。

ライン川の古城を背景に
日本の花火を打ち上げたら
さぞ楽しいでしょう

とおっしゃったそうで、

それに対し、ボン市長は、

そんなに見事なものなら
ライン川で一度
やってほしい

と返したそうです。

 

まぁ、ここまでは

政治家さんの挨拶みたいなものだった

のでしょうが・・・

 

なんと翌日現地新聞では、

『大曲から花火を呼ぶことになった』

と報じられたそうです。ww

 

まぁ翌年に

西ドイツの各都市持ち回りの

連邦庭園大会が予定されていたのも

あったのでしょうが。

 

意外なところから

きっかけはあるもんですね。ww

 

そして、その海外進出の陣頭を

仕切っていたのはもちろん佐藤勲さんです

 

1979年(昭和54年)には、

西ドイツのボンで海外初進出を飾り、

その後、1983年(昭和58年)には

同じく西ドイツのジュッセルドルフで、

打ち上げを行なっています。

 

そして、1987年

西ドイツの西ベルリンから

市政750年を記念しての打ち上げを

依頼されます。

 

さて、先ほどから

よく出てくる西ドイツですが、

当時ドイツは東西冷戦真っ只中で、

西ドイツ、東ドイツに別れていました。

 

しかも、

ドイツのベルリンは、

位置的に東ドイツの真ん中にあり、

その中で、

さらに西ベルリン、東ベルリンと

分断されていました。

 

つまり、西ベルリンの周りは全て

東ドイツということです。

 

そして、そんな西ベルリンを

包囲していたのが、

有名なベルリンの壁です。

 

さて、話を戻しますが、

1987年ベルリン市政750年記念祭典

が行われるのですが、

これが結構なイベントだったんです。

 

東西ドイツのトップはもちろん、

当時のアメリカ大統領

ロナルドレーガン夫妻。

またデビッド・ボーイなどのコンサート

も行われた大々的なものだったんです。

 

また、レーガン大統領は演説で、

この門を開いてください。

この壁を撤去してください。

と歴史的な言葉を残しています。

 

さて、そんな中、

佐藤さんたち日本の花火師さんは、

打ち上げ会場である、

東ドイツ内にある西ベルリン市の

テンペルホーフ飛行場で

見事素晴らしい花火で

ベルリンの空を彩ったそうです。

 

そして、

佐藤さんは記者会見で、

ベルリンの地上には壁はありますが、

空には壁はありません。

日本の花火はどこから見ても

同じように見えます。

西のお方も東のお方も楽しんでください

とおっしゃいます。

 

そして、翌日佐藤さんの言葉が

レーガン大統領の歴史的な言葉を抑えて、

新聞の1面を飾ったそうです。

 

このイベント以降、

東西ドイツの合併の機運が高まり、

2年後の1989年ベルリンの壁は崩壊する

こととなります。

 

確かに、壁なんてものは、

人間が勝手に作り上げたものですからね。

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まとめ

いかがだったでしょうか?

 

今回は

佐藤勲さんの経歴とプロフィール

花火の歴史、特に佐藤勲さんが開発した

創造花火とは?

また、ベルリンの壁崩壊へと導いた

エピソードなどについて調べてみました

 

それでは、最後までご覧いただき

ありがとうございました。

 

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