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石井正治がインドネシアのこんにゃくで大人気!家族や会社の現在は?【世界ナゼそこに?日本人】

石井正治さんがこんにゃくで大人気の理由は?

さて、そんな活躍されていた石井さんが

なぜこんにゃくを取り扱うよう

になったか?と言いますと、

 

1963年

当時、日本ではこんにゃくブーム

だったそうです。

そのため、需要が高まり、

価格も高騰していたそうです。

 

ところが、インドネシアでは元々、

こんにゃくを食べる習慣が

なかったそうで、

そのため良質の芋が取れても

廃棄されていたそうです。

 

日本人からすると、勿体無いですね。

 

そこで、商談の交渉相手にインドネシアの

こんにゃく芋を見せたところ、

日本に輸出できることを知ります。

 

それならばと、鹿島貿易が請け負い、

石井さんが農地を駆け回り、

こんにゃく芋を確保し、

日本に出荷したそうです。

 

そのおかげで、現地の人の収入も

かなり安定したそうです。

 

だから石井さんは、

こんにゃくで人気を集めたんですね。

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石井正治さんの会社(規模・年商)の現在

さて、その後、石井さんは、

念願だったインドネシア国籍を取得し、

事業拡大に邁進します。

 

日用品であるサンダルの需要が

高まったことを受け、

インドネシアに日本の企業と合弁で工場を

設立し、さらに現地の雇用を確保します。

 

さらにこんにゃくの方も、

現在でも日本に乾燥糸こんにゃく

『ぷるんぷあん』として

販売されています。

 

会社の規模も現在では、

サンダル、こんにゃく、海藻など

6つの会社になり、

企業グループ全体で、

総従業員数が6,000人!!!

もいらっしゃるそうです。

 

すごいですね。

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石井正治さんの家族(嫁・子供)の現在

さて、石井正治さんのご家族は?

ですが、

 

まず奥さんですが、

上記にも触れました。

中国人一家、曽さんの娘さんである

クスマデリさん。

 

そしてお子さんは

四人いらっしゃいますが

名前が判明しているのは、

長男はヤントさん

次男はヘンリーさん

だけですね。

 

他のお子さんの情報が見つかりましたら

追記したいと思います。

 

さて、現在は?

というと、

まず、クスマデリさんは、

1990年にお亡くなりになられています。

 

同年には石井さんが

日本政府から勲五等の授与を

受けていますが、やはり

どこか悲しそうだったと、

息子さんのヤントさんが語っております。

 

そしてその石井さんですが、

会社の経営を、長男ヤントさん、

そして、次男ヘンリーさんに譲りつつ、

ご自身は、

日本兵の残留遺骨収集などに尽力され、

2002年にお亡くなりになられます。

 

その後会社は、

長男ヤントさんが経営しつつ、

さらにその息子さんジョハンさんが

工場長として活躍されているそうです。

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まとめ

いかがだったでしょうか?

 

石井正治さんが

なぜインドネシアに渡り残ったのか、

こんにゃくで大人気の理由は?

石井正治さんの家族や会社の現在は?

などについて調べてみました。

 

インドネシアと日本の架け橋となられた

石井正治さんの人生でしたが、

大変なご苦労もあったと思われます。

全く新しい場所で、

ここまで活躍できるってかなり凄い

ですよね。

 

それでは、最後までご覧いただき

ありがとうございました。

 

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