消えた天才

五十嵐久人(体操)は幽体離脱で引退?今現在は新潟大学で名誉教授!バイキングで塚原と確執?[消えた天才]

『消えた天才』にモントリオール

オリンピックで男子体操5連覇の立役者

五十嵐久人(いがらし ひさと)さんが

登場します。

 

番組の予告では、

五輪男子体操団体5大会連続金メダルという不滅の大記録に貢献した天才。しかし!五輪で決めた「世界初の大技」をその後、なぜか一度も決めることなく、体操界から消えた…衝撃の真相

出典:Yahooテレビ

とのこと。

 

世界初の大技とは、どんな技だったのか?

また、

その後いきなり体操界から消えた真相は?

色々気になりますね。

 

そんな五十嵐久人さんは現在新潟大学で

名誉教授をされているそうですが、

昨年体操界を襲ったパワハラ問題について

「バイキング」に出演されコメントされて

いましたが、塚原コーチとの関係について

色々と話題になっていましたねww

 

今回はモントリオールオリンピックで

金メダルを獲得された体操界の消えた天才

五十嵐久人さんのwikiプロフィールや経歴

世界初の大技とは?その後体操界から

消えた衝撃の理由とは?

さらにパワハラ問題で話題となった

塚原夫妻との関係について

調べてみたいと思います。

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消えた天才五十嵐久人さんのwikiプロフィールや経歴

 さすが、

大学の教授をされているだけあって

めっちゃ頭が良さそうですねww

 

そんな体操界の消えた天才

五十嵐久人さんのwikiプロフィールが

こちらになります。

名前五十嵐久人(いがらし ひさと)
生年月日1951年2月19日
(2019年6月現在:68歳)
出身地栃木県
職業元体操選手
名誉教授
所属新潟大学
国際大学スポーツ連盟

五十嵐久人さんは1951年(昭和26年)、

栃木県で生まれ育ちます。

 

オリンピックで大技を決めて

金メダル獲得の立役者になるほどだから

子供の頃からスゴかったのかと

思いきや・・・

以外にもそんなことも無かったそうです

 

五十嵐久人さんは小学校5年生から

体操を始められたそうですが、

高校時代は作新学院に進学されますが、

国体へは出場出来なかったそうで、

大学は日本大学に進学されたそうですが、

そこまで注目を集める選手ではなかった

そうなんです。

 

めっちゃ意外ですよね。

 

とはいえ、当時の日本体操界は、

1960年のローマオリンピックから

ライバルのソ連を抑えて金メダルを

連続で獲得するなど、かなりイケイケ

だったそうで、身長が低くて運動神経が

いい人はこぞって体操選手になる時代。

つまり競技人口が今と比べてもかなり

メジャースポーツだったと言えるわけです

 

しかも、五十嵐久人さんは2度も大怪我が

あったそうですが、それを乗り越え体操を

続け、1976年にカナダで開催される

モントリオールオリンピックへの選考会

で7位になり、補欠選手として

モントリオールオリンピックに同行する

ことになります。

 

これだけでも当時の日本体操界の

競技人口から考えるとすごいものが

ありますが、そんな五十嵐久人さんを

まさかの事態が襲います。

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消えた天才五十嵐久人さんはエース笠松茂の欠場で代打出場!

さて、モントリオールオリンピックに

日本代表の補欠選手として同行していた

五十嵐久人さんに急遽、大会に出場しろ

とコーチから告げられたそうです。

 

なんと、当時体操日本代表のエースだった

笠松茂選手がまさかの盲腸に患ってしまい

急遽手術を受けることになり、

まさかの事態に体操協会は、

五十嵐久人さんを代打として金メダルを

目指すこととなったそうです。

 

当然体操選手として、長年の夢である

オリンピックに出場することは喜ばしい

ことなんでしょうが、

当の五十嵐久人さんからしたら

まさかのエースの欠場、その代わりに急遽

出場なんてメンタルが大変なことに

なりそうですね。ww

 

ところが五十嵐久人さん自体は?

というと、

これまで日の目を見ることがなかった

ことで脇役に徹したことで強いメンタル

を持っていたそうです。

 

また、実は五十嵐久人さんは、

世界初の大技という切り札を

持っていたこともあり、

急遽選手として、オリンピックに

出場することになります。

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消えた天才五十嵐久人さんの世界初の大技とは?幽体離脱出来たから金メダル?

さて、急遽エースの代わりにオリンピック

に出場することになった五十嵐久人さん

ですが、実は『切り札』を持っていたそうです

 

それが、

鉄棒でまだ誰もやったことがない大技

『伸身2回宙返り降り』

という技です!

 

おぉ〜、まさかのスワン(伸身)ダブル!!

 

当時の体操界では、鉄棒の降り技では

抱え込み系、もしくは屈伸系の宙返りが

当然でした。

 

実際、前回大会ミュンヘンオリンピック

で塚原光男選手が発表した通称月面宙返り

も抱え込み2回宙返り1回ひねりですね。

 

そんな中、伸身でしかも2回宙返りは

前人未到だったそうですが・・・。

 

さて、オリンピック本番を迎えた

体操日本代表ですが、規定の演技では

ライバルであるソ連に1位を

明け渡してしまう事態になってしまった

そうです。

 

当然、自由演技で巻き返しを図り、

なんとか追いついた日本代表は、

最終種目であり、日本のお家芸鉄棒を

迎えます。

 

そして、五十嵐久人さん

は見事な演技を行い、最後は下り技のみ

そして、意を決して伸身2回宙返り下りを

実施されます。

 

実は、演技途中から五十嵐久人さん

の意識は自分が鉄棒の演技をしている

状態を上からのぞいている感覚だった

そうです。!!

 

まじで幽体離脱!ですね。

まぁ、極度の緊張感、そして

これまで練習で体に染み付いた演技を

そのまま実行された五十嵐久人さんは、

全くミスがなく、前人未到の大技

伸身2回宙返り下りの着地も

ピタッと決められます。

 

五十嵐久人さんも、後にも先にも

幽体離脱なんて体験この1回限りだと

おっしゃっていますね。

 

不思議なこともあるんですね。

 

う〜ん、いわゆる『ゾーン』に入った

みたいなことなんでしょうかね。

 

さすがにそこまではトップ選手だからこそ

体験出来たということなんでしょうね。

 

さて、

五十嵐久人さんら体操日本代表は

エース笠松茂の欠場、初日の規定演技での

ソ連の勢いなど、

いわゆるかなりヤバい状況を乗り越え

見事体操団体金メダルを獲得することに

なったそうです。

 

まさにワンダフルスワンダブルww

 

スゴいですね。

ちなみに、その後体操日本代表は、

他の国の台頭もあり、なかなか金メダル

から遠のいてしまい、2004年にアテネ

で28年ぶりに獲得するまで、

だいぶ空いてしまったそうです。

 

ですので、五十嵐久人さん以降の

池谷直樹さんや森末慎二さん、など

錚々たる体操界のレジェンドたちが

五十嵐久人さんの偉業を

讃えているんですね。

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塚原夫妻との関係に確執?
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